通りすがりの○○とは
2003年3月号から2004年12月号まで掲載された情報コーナー。毎回その時のビーム関係の話題について渦中のゲストが語り尽くす…みたいな感じだったが、編集が結構顔を出しているのはやっぱり穴埋めなんだろうなあ。ビームの当時の動きなりの把握にちょっとぐらい役立てればと思います。

望月ミツル(2003年3月号「通りすがりのもっちー」)
・クイックジャパン編集(当時。現在はライターとしてQJに関わっている模様)。
 QJクンズー漫画第2弾、「なんでもポン太」(しりあがり寿)の紹介で登場。
 なお「QJクンズー漫画」は、『気鋭マンガ家たちが、組んずほぐれずの一体となってマンガの未来を模索する』書き下ろし実験漫画レーベルだったようですが、2002年7月に出た第1弾「バングラデシュ日本」(天久聖一)とこの「なんでもポン太」以降、2006年末現在まで新規出版されていないようです。

羽生生純(2003年4月号「通りすがりのジュン」)
・アスキー・エンターブレイン系重鎮漫画家。
 当時『しゃきりり』(キリンビバレッジ、同年2月25日発売)のCMでモー娘。をイラスト化したことに対してのインタビューでした。
 なお羽生生氏の担当したのは『バスケット編』で、もう一つの『愛の喪失編』ではジョージ朝倉がイラストを担当していました。なんだこのチョイスは。

堅田(2003年5月号「通りすがりのキュー」)
・COMIC CUE編集部(当時)。
 福嶋聡をO村編集長が紹介したことで、同氏の漫画が掲載された「COMIC CUE300号」を紹介。…そしてそれを最後に「COMIC CUE」は休刊中です(一応不定期刊行とはいえ)。

神山修一(2003年6月号「通りすがりのS.K.」)
・脚本やノベライズなどの執筆業。
 コミックビームでビーマー(奇人)に関する長期連載中。「LAST EXAIL」脚本参加記念インタビューが掲載されました。「青の6号」ノベライズを前田真宏監督に気に入られたという縁だそうです。

Y(2003年7月号「通りすがりのバーディー」)
・ヤングサンデー編集部。女性。
 鉄腕バーディー1巻の宣伝インタビューが掲載されました。

つか素(2003年8月号「通りすがりのつか素」)
・とらのあな企画部・無料情報誌「とらだよ」編集長。
 比較的早い時期に森薫や志村貴子と取り上げたり、なにげに『とらだよ』とビームとの親和性は良かったりします。
 「通りすがり」は「とらだよ」30号にてO村編集長が『編集さんおすすめコミック』コーナーに登場したことの紹介。ちなみに『webだよ』で確認したところ、おすすめコミックは「青の戦士」(作:狩撫麻礼 画:谷口ジロー)、「トコトコ節」(いましろたかし)、「The World Is Mine」(新井英樹)でした。2006年に「真説 ザ・ワールド・イズ・マイン」を出したのはここらから続いてた執念なんでしょうか。
 またあわせて『美虎ちゃん総集編』(非売品)、『虎々ちゃん総集編』、『森薫特製テレカ』をプレゼント。見事。

牧野伸康(2003年9月号「通りすがりのちょりそ」)
・立体イラストレーターであり、また『ちょりそのぶ』の愛称で桜玉吉先生のアシスタントとしておなじみです。
 2003年10月に発売された「KUBRICK 幽玄漫玉日記」(玉吉、ヒロポン、O村、ちょりそ、ぱそみ;各714円)の元となったラフスケッチを公開。ちなみに私も勇んで買いに行きましたが、ぱそみだけ売り切れで買えませんでした…。

川合晃(2003年10月号「通りすがりのIKKA」)
・映画監督。
 1999年に『第21回ぴあフィルムフェスティバル』の自主製作映画コンペティション部門である『PFFアワード1999』にて、審査員特別賞を受賞しています。
 通りすがりでは氏が監督し、カネコアツシ氏がポスター・ステッカーを担当した映画「IKKA」を紹介しました。この「IKKA」は上記PFFアワード受賞者に対する映画製作援助システム(ようは、ぴあの協力で映画を作るということ)の第11回作品となります。
 川合氏はその後2005年にローカルTV局系の連続ホラードラマ「連鎖怪談」で第2話「再生」で監督するなどいわゆる鋭意制作中といったところでしょうか。

広瀬栄一(2003年11月号「通りすがりの虎キチ」)(2004年3月号「通りすがりの恋の門」)
・言わずと知れたコミックビーム元編集。
 通りすがりシリーズ唯一の2回登場です。
 1回目は阪神優勝記念としてタイガースファンである氏の文章を掲載しております。1992年当時馬鹿記事担当であった『浜村通信編集長』『石井(いい電子初代担当)』と3人で阪神優勝記事を制作した(結局優勝はヤクルト)話から始まり、最近の彼女との愁嘆場に終わるというもので、あいかわらずつらいけれど切れのいい文章でした。
 2回目の登場は羽生生純氏の「恋の門」が松尾スズキ監督による映画化が決定したというものでした。恋の門の一方の主役である『門』が、最初のアイディアではデブ・ハゲの中年男性であったという衝撃の事実以外は結構おとなしめの内容。まあ、情報が情報ですからね。その後もしばらく広瀬氏はビーム誌上で『映画・恋の門』情報を連載しました。

末永龍介(2003年12月号「通りすがりのスエ」)
・コミックビーム元編集。
 先月退職した記念の文章を寄稿しました。…2ヵ月連続の穴埋めでしょうかね。

野中智恵(2004年1月号「通りすがりのノナカ」)
・コミックビーム元編集。
 退職後久々の登場。退職ができちゃった婚だったことを告白。ここあたり編集が続きました。

村上リコ(2004年2月号「通りすがりのヴィクトリアン?」)
・フリーライター。お仕事はアニメージュや少女漫画方面がメインのようです。
 2003年11月25日に発売された森薫との共著『エマ ヴィクトリアンガイド』の紹介で登場しました。
 村上氏も森薫先生と同じくヨーロッパ大好き人間であったようで、その後も森先生とは「エマ・アニメーションガイド」で共著を続けており、関係は良好なようです。

ムトゥ(2004年4月号「通りすがりの黒蘭」)
・富士見書房ドラゴンエイジ編集部。
 元はエースNEXT編集部で岩原裕二を担当していたそうです。ドラゴンエイジ4月号でクライマックスを迎えた近藤るるる作「黒蘭」の特集記事を組むということで、その紹介でした。

ADキム(2004年5月号「通りすがりのADキム」)
・ファミ通WaveDVD編集部在籍。
 入社当時はコミックビーム編集部で働きたかったらしいですが、WaveDVDの紹介での登場となりました。

沢考史(2004年7月号「通りすがりのレッド」)
・月刊チャンピオンレッド編集長。ビーム副編岩井氏とともに、O村ビーム編集長のチャンピオン編集時代の2コ下の後輩にあたります。
 この回の通りすがりは、元々は同年7月29日に発売された「車田正美 人生を語らず」サイン本お渡し&握手会告知だったのですが、そちらをO村氏が情報ページである『エレクトNO.1』で取り上げたので、代わりに秋田書店時代の思い出話が中心となりました。これがまたO村氏や当時の秋田書店編集部の漢らしい雰囲気が伝わってきて非常に面白いものでした。
 「原稿が落ちたときに責任をとって丸坊主になった」「至近距離からハサミを投げつけられた」といった新人時代のO村氏エピソードも素晴らしいのですが、先輩編集者方に散々叱られつつ飲んだ挙句に後輩がそろってO村氏の自宅に上がりこんで漫画について熱く語っていたり、だらだら過ごしたりというところが、なんかこう、いいですね。O村氏にはいつか『編集一代』みたいなのを書いて欲しいと思いますけど、きっといやなんだろうなあ。

しりあがり寿(2004年8月号「通りすがりの弥次喜多」)
・ビーム常連漫画家。
 「真夜中の弥次さん喜多さん」が映画化(2005年4月2日公開)するということで、それについてのコメントが掲載されました。

竹内哲夫(2004年9月号「通りすがりのぱふ」)
・ぱふ編集長。
 以前発行していた漫画情報誌「コミックファン(ぱふ別冊)」の11号(2001年3月発売)でCOMITIA54 (2000年11月12日)で行われたO村編集長トークショーの内容を掲載したのが印象にあります。
 …コミックファンと通りすがりにこんなに間あいてたっけ?と本気で勘違いしていたぐらいなんか唐突な登場でした。同年に森薫(8月号)と志村貴子(2月号)の特集をしたというのですが。謎のタイミングでの登場でした。

岡田隆太朗(2004年10月号「通りすがりのオービット」)
・株式会社ディー・アンド・オービット代表取締役社長。
 同社はデジタル・プロモーションなどを業務としています。通りすがりはオービットがデザインしたビーム新HP「空間コミックビーム」開設のお話でした。
「空間コミックビーム」コミックビームの旧HPである「オンラインビーム」と編集者サイト「COMIX」と合併発展したものですが、編集者と一般読者のコミュニティという非常に斬新なものであり、どう運営されていくのかと思ってみていましたが、なかなかうまくいっているようです。…私はどうもネットコミュニティが苦手なもので(サイトに掲示板を置こうともしない後ろ向きの姿勢がそれ)、たまにROMするのがせいぜいなのですが。

森岡夏世(2004年11-12月号「通りすがりの管理人」)
・コミックビーム編集。
 愛称はわわモリオカ。2ヵ月にわたり開設したばかりの空間コミックビームを紹介していました。この内容・スペースがそのままHP情報欄『はわわモリオカの細腕繁盛記』に引き継がれ、「通りすがり」シリーズは終了しました。

注:2004年6月号は「月刊コミックビーム2004年5月号特別付録についてのおわび」(←金平がビームの付録に描いた『ワンピース』『はがれん』パロディに対する回収騒動)に場所をとられ通りすがりの掲載なし
                                          (2006.12.03 掲載)

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